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足元の四つ葉のクローバー

見上げることが私のくせなら足元にある幸せにもふと視線を落とせる自分になりたいと思った。 見上げることは楽しい。色とりどりの観覧車のゴンドラに、自分はどれに乗って空に近づこうかと思いを馳せる。だけどなかなかゴンドラは自分に元へ降りてはこなくて いいな。いいな。と思いながらいつまでも見上げてばかり。 世界一周がしたい。文章が上手くなりたい

ゆとりと感受性。

思い通りにならないとすぐに不貞腐れるのは雨上がりが少し遅れた水溜りと湿気に支配された世界を自転車で傘さし運転をしながらイライラが止まらない昼過ぎの自分。 生理前だからというのなら、本当に生理が憎いし、自分が悪いというのなら今すぐ処刑でもしてくれと物騒な事を思う程に自分の感情が赤になったら青になったりが止まらない。 男に振り回される自分

流れる水のように、生きること。

名前を呼べば振り向いてくれる人に甘えないと決めたのに、ココロに浮かんでくるのはもう習慣みたいなものなのかも。 時間の中にしか君を思い出すことができないからずっと遠くにいるような気がしてしまう。会いたいだなんて言葉は何の意味も持たない。雲のようにただ空を漂うだけ。 水のように、流れる水のように生きたいと思った。何か形に成るのではなく、何

放つ、あなたとわたし。

薄暗くなる空間。胸に音符が弾むのはわたしだけではなかったはず。隣にいるきみの胸の弾みも伝わってから笑顔は伝染するね。 スポットライトは眩しいくらいに彼女のエネルギーを伝えてくれた。ステージから放たれる音は彼女の声となり想いそのものだった。 片手に収まる数の楽器は、それを操る人によって表情を変え、そしてこの空間にいる何千もの人の表情をも

好きと伝えた一秒後。

大好きな人たちに出会う。大好きな人たちと思い出をつくる。大好きな人たちと過ごす時間の先の人間らしさの一つが”好き”と伝えることだと思う。 言葉で伝える。 好き。 季節の変わり目を肌で感じることしかできないように、その瞬間の幸せなふわりと羽が生えたような気持ちは、全身で"感じる"ことしかできない。 そう、人は言葉を感じることしかできないのだ