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上手な航海士。

by みさとん

雨の日、久しぶりにきみに会った。

本と映画の話になると、話が止まらなくなるところは変わらない。子どもみたいに興奮するきみを見てかわいいなと思っていたのはいつ頃だったっけ。18歳の夏だったか19歳の春だったか、
とにかく私を夢中にさせた。

私は彼から文章を教わった。

彼のうんざりするほどまめな指導のおかげで不思議と文章を書くことが「好き」になっていた。彼が今でも、それを心の中でちょっぴり誇りに思っていることをこっそり知っている。


月日が経って、どんな時間や物語が流れても
”大切”にし合える関係だから何年経っても変わらない”今”を保てるんだろうな。

「俺は吉本ばななのキッチンを読んで文学部に入ろうと決めたんだよ。今でも線を引きまくった文庫本が家にあるよ。」

”・・・ふ~ん。じゃ読んでみようかな。”

興味があるんだか無いんだかわからない返事をする私は、時の流れと自分自身の変化に少し笑いそうになった。


キッチンに線を引くとしたら、
私はこの一説だろう。

”人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思ている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言ったほうが近いのかもしれない。私も、そうだった。しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなく、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだ。”


この考え方が、好きだ。


道は自分で切り拓いているようで、実はもうすでに、自分で自分の道をつくっているようだ。それは、意思のようで無意識に近い。無意識とは、
小説でいうところの、毎日の呼吸であり、まなざしであり、くりかえす日々。

これらが自分の未来をつくっている。らしい。

”こんなはずじゃなかった。”という未来がきたとしたら、自分の無意識を意識してみるといいかもしれない。改めたいと思ったら変えていけばいい。意識して。

すると、舵を切ったときの船のように自然に心地よく傾いて、船の行き先が変わってくるだろう。毎日の呼吸、まなざし、くりかえす日々が、きみの舵だ。

”こんなはずじゃなかった。”という未来がきたとしても、変えたくなければ無理に変えようと焦らなくてもいい。自分自身に納得しているのなら、きっときみの無意識の舵取りは間違っていない。きみの、毎日の呼吸やまなざし、くりかえす日々は間違っていない。

自分自身で導いた、必要な出来事なんだと静かに受け止めればいい。
大丈夫。長い長い航海をしていればどれだけ舵をきっても嵐に巻き込まれるときだって、きっとあるのだから。

”あぁまた嵐か。”と肩を落とすより自分のこころはどっちを向いているかに細心の注意を払う。舵をきる方向がが間違ってなければ、”あとは放っておけ”。

言うことを聞いてくれない天候を読むより自分のこころを読むことに努めよう。

それが、晴れの日もあれば嵐の日もあるこの長い長い海を楽しく渡っていける、上手な航海士な気がした。


みさとん
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