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ランドセルのわたし。桜貝と手紙。

by みさとん

私の勉強机の棚には、小さくて淡いピンク色の桜貝が置いてある。

小学校五年生のとき。宿泊学習の下見で担任の先生がクラス全員分の桜貝をお土産にと、浜辺で奮闘してくれたらしい。

「せんせい、30個も桜貝探したの〜?
すごい!」

そんなやり取りを、"帰りの会"で行った気がする。濃い霧がかかっていて目を細めないと見えない程遠い記憶だけど、ほんのうっすらと覚えている。桜貝がいつもその情景を思い出させてくれるのだ。

"先生が探してきてくれたから"

それだけで嬉しくて、赤いランドセルに黄色い帽子のわたしは桜貝を潰さないように手のひらの上でやさしく握って帰りの通学路を歩いた。

机の棚に置いた後は、何かとても大事なものを貰ったかのように、ニコニコしながら毎日眺めた。


それから十数年が経つ。

自分が自分用に拾った桜貝はすぐにどこかへ行ってしまったのに、先生からのお土産は未だ綺麗なまま棚にある。
汗水たらしてクラス全員分の桜貝を集めてくれた先生。
”なんて漢字も書けなかったランドセルを背負ったわたし。
わたしが嬉しかったのは桜貝と一緒に送られた、先生からの”愛”だったのだ。


人の為に一生懸命になることは
”愛”を伝えることなんだ。


そのことに気づいた、わたし。

1センチ程の淡いピンク色の桜貝。
まだたくさんの言葉を知らないランドセルを背負った小さなココロにも、先生からの愛はきちんと伝わっていたんだね。


綺麗な大人の字で書かれた、私宛の手紙。


小学校6年生の時。
私は初めて、昨日まで一緒に遊んでいた子が、今日突然口をきいてくれなくなるという経験をした。大学生になり、それが思春期特有の"女子のグループ"にありがちな行動だと大学の先生はマイク伝いに乾いた口調でテキストを読み上げた。


わからなかった。
無視をされたり悪口を言われる理由が。
そしてそれを自分が苦しいと感じていることも分からなかったし、お母さんに言うという選択も思いつかなかった。おじいちゃんの余命を聞いて赤い目と鼻をするお母さんを初めて見たのもちょうどそのその頃だった。

「次は〇〇ちゃんを無視しよう。」
リーダー格の女の子が言うと突然それは始まる。誰も逆らおうとはしない。なんせ、いつ自分に回ってくるかわからないし、「みんなと同じ遊び」「みんなと同じふでばこ」「みんなと同じテレビ番組」。あの頃はそれが全てだったからだ。


「きょう、学校にいきたくない…」
ついにそう呟いた日の朝。「早く行かないと遅刻するよ!」ランドセルを背負ったのはいいものの一向にテレビの前から動こうとしない私に母が放った一言で、思わず涙が出てしまった。気まずさと恥ずかしさと、少し気持ちが楽になったのをほんのり覚えている。


"給食もたくさん食べる、学級委員にも手を挙げる、元気で素直な優しい子。"
通知表の中ではそうだった。

けれど、優しさや素直さは強さがあって初めて生きる。”強さ”を知らない私は嫌われることを恐れて空気を読み「うん、いいよ。」が口癖。いい標的になってもしょうがない。


綺麗な大人の字で書かれた、私宛の手紙。それは、担任の先生からだった。

"お手紙ありがとう。だいぶしんどい思いをしているね。いつも明るい笑顔でいてくれるからこんなにいろいろ思い悩んでいるとは…。すぐに声をかけてあげなくてごめん。"

手紙は、そんな書き出しで始まっていた。どうやら先生には、こっそり手紙で相談をしていたらしい。

便箋2枚分、びっしり。
先生のまっすぐな文字があった。そこには正解や答えは一切書かれていなかった。どうやったら解決できるかを一緒に考えていこうとする真剣さが、文字からひしひしと伝わる。

先生、相当悩んで書いてくれたんだろうな。いつ書いたんだろう。真っ暗な職員室か、それとも寝る前の静かな時間か。

どちらにせよ、
見守ってくれる先生。
言いたいことをハッキリ言う先生。
味方でいてくれる先生。


その姿に"強くなる"とはこう言うことなのだと、教わった気がした。


会いに行こう。先生に。

伝えよう。
あのときよりも、優しくて強くなった今のわたしを。
伝えよう。
もっともっと優しくて強い人になりたいことを。


私も、
相手の人生に残るような贈り物を
私自身で届けられる人に、なりたいな。


みさとん
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