LOG IN

最も信用できなくて最も信頼できるからこそ書き続けた2017。

by みさとん

この年末の数十分に部屋に一人になれた。

なんだか涙が出そうなのは、もうすぐ2017年が終わろうとしているからだろうか。


いや、そんなにもこの一年に思い入れがあったかと言われれば首を傾げそうになるけれど、365日分の1日を考えると、それはなんだかはみだしたパズルの1ピースのような存在感をわたしの目に放っているような気がした。

そういえば、

海を渡って4か国も移動してみたり。人生初めて自分のカメラを買ったり。それを一緒に文章にしてみたり。”好き”はすぐ隣にあることを息を吐くように静かに見つけた日々があった。


就活という異常な常識をくぐった先に見た自分の夢や、夢を現実にしている人たちとの出会い、これから一緒に夢を追う人たちとの出会いは、

ああやっぱり間違いなく2017年という365日に彩りをくれた。



このブログは、4月から始めてもう
この記事で113個目になるらしい。


日常の中、流れるエスカレーターを当たり前のように肩をすり合わせて駆け上がる人や、観光客がカメラを構えるスクランブル交差点を当たり前のようにぶつからずに歩き続ける人々。

全部の瞬間の”当たり前”の中、日常はどうしてこんなにも全てのものを色褪せて映してしまうのだろう。


だからこそ、見失くない”想い”だけを言葉にして綴ってきた。

それはきっと、何よりも信用できないもの。

それでも、言葉は、想いは、それと同じくらいに誰もが信頼したいと思うものだから。

わたしは「ココロをハダシ。」にして、言葉を放ちたいと思ったんだ。


言葉はときに、人を崖の淵に立たせては突き落としたり、海の真ん中に置き去りにされたような気分にする。


それでも、「いい文章だね」とか、「好きだよ」と言ってくれる人からの”言葉”はまたわたしの”想い”を駆り立ててくれた。


想いはきっと、誰かに届くと信じている。
それはふと手のひらから離れては空に向かって浮かぶ風船のように。

誰かへのラブレターであれ。

自分に、他人に絶望したとしても雲の上は青空だって、それはどことなく言葉を綴る行為に似ている気がした。

最も信用できなくて最も信頼できるものを

また

2018年も、書き続けたい。


みさとん
OTHER SNAPS