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それ以上でもそれ以下でもなく、それだけで。

by みさとん

小林麻央さんが亡くなったニュースを聞いたのは、大学の講義中だった。

毎日たくさんのニュースが流れる。
悲しみとか悔しさとか、たくさんの感情とコメントが渦巻く世間。


人が亡くなるということ、その人が突然にいなくなってしまうということ。


事実は簡単なのに、現実はとても複雑だ。
人が生きる時間『人生』というものや人が抱く『感情』の残酷さを突き付けられる。人が亡くなったことを受け止めること、それは今まで積み重ねてきた感情と世間の時間の流れの中をたった一人きりで逆走しているような、絶望的な孤独を感じるのではないだろうか。


強い女性であり妻であり母であること。
笑顔で周りを明るくすること。
夢を叶えた人生であったこと。
心から愛していると思える人と出会えたこと。

悲しみに隠れて、麻央さんの人生が素敵なものであったことを忘れてしまうことが一番悲しいことだなと思うから、わたしはどんな人生を自分で歩んでいきたいのか考えるとき、麻央さんを思い出したい。


たくさん学びたい。
たくさん成長したい。

世界中を旅したい。
心から愛していると思える人と一緒に生きたい。
子どもを育てて、お母さんになりたい。
目の前の人の人生が豊かになるサポートをする仕事がしたい。
いつか書くことを仕事にしたい。
誰かの夢を応援する力を持った、自分でいたい。

これは全部、私の夢。

欲しいものや歩みたい道は、いつもシンプルだ。

シンプル故、考えて悩んで、わからなくなって立ち止まる。
真夜中の孤独に耐え切れず涙を流すときもあるけれど

シンプルに、生きることに一生懸命になれない人が夢を叶えることなんてできないと思った。
一日一日が惜しい。心底そう思って過ごした日があっただろうか。

泣いても喚いてもかっこ悪くても、ダサくてもいいんだ。

そんなことはどうだっていい。
一生懸命生きること以上の贅沢なんて、無い気がした。


一生懸命生きていれば、それだけでいいんだ。


周りの声や、嫉妬、焦りで生活を埋め尽くすには、人生はあまりに短い。

わたしは愛や勇気や希望や、青臭いと思われるようなことで人生を埋め尽くしたい。

だって、人生は長さが決まっているんだから。そう、今だって一分一秒終わりに向かって歩いてる。
神様は終わりがあることは教えてくれても、『いつ』終わりがくるのかは教えてくれなかったらしい。だから人はついつい『終わり』を忘れてしまう。死ぬことを意識するのではない。”いつ”死ぬのかわからないことを意識しないと、『始まり』は生きてこない。

大事なものを、大事に生きたいのだ。

どれだけ悲しくても、どれだけ苦しくても、どれだけ不安でも、

生きていかなきゃいけないんだから。

そんなふうに生きてる人の姿は、愛しくてかっこいいと思う。


『生きているということ』それ以上でもそれ以下でもなく、それだけで。

亡くなった人から見たら、人生はそれが、それだけが、全てなのだ。

だから生きないと。自分の人生を、自分で。


みさとん
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