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自分の"価値"と"自信"の違い。

by みさとん

夕方、濃いオレンジの空が少しずつ黒に染まっていくのを感じながらマフラーの柔軟剤の匂いに鼻をうずめた。

このにおいを嗅ぐと幸せな気持ちになる、とお母さんに言ったことがきっかけで、その日からこの柔軟剤の匂いを”幸せの香り”と名前を付け呼んでいる。冬はいっぱいもこもこの服を着るから幸せの香りをたくさん身につけらる季節。

ぐにゃぐにゃのスケートリンクのように凍結している道を歩きながらそんなことを思い出した。

家に帰り、去年の年末に買ったお気に入りのスケジュール帳を開く。今週の土日は・・・何も予定が入っていない、空白だ。その白がすがすがしく思えるようになったのはつい最近のことで、少し前まではこのスケジュール帳が真っ黒でないと不安さえ覚えた。


「充実していなきゃダメな気がする」「充実してると思われたい」そんな誰のための毎日なんだかわからない日々なもんだから、パンパンに詰めたスケジュールに結局体調を崩したりこころが元気を無くしたりで本末転倒なときもあった。


「自分は何もできないんだから、頑張んなくちゃ。」隣の人をちらっと見ては人と比べて自分の価値を下げた。そうしてその不安材料に火をつけて毎日を必死に”こなして”いたように思う。


でも、そもそも人間って”何もしていない”と、価値はなくなってしまうのだろうか?
”何か”をしていないときの人間には価値が無いのだろうか?

初めてドイツへ一人旅をしたときに、たくさんの人が湖の周りの公園で何もせずにただボーっとしている光景を見た。


平日の夕方、日本だったら一日の中で1位2位を争う忙しい時間帯に、こんなにたくさんの人が何もせず自分の時間を楽しんでいることに驚いた。そしてその姿はどこか充実しているように見えたのだ。


誰かに楽しませてもらうのではなく自分で自分を楽しませる。そんなドイツ人の姿を見て、「何もない」「何もしない」ことを楽しめたら人生最強だなとコーラを片手に一緒に湖を眺めた。

きっと、
昔のわたしは「価値」と「自信」を同じもののように考えていたんだろうと思う。本当は、何もできない自分に”自信”が無かっただけなのに、何もできないから”価値”が無いと思い込んでいたのだ。


人は、何もしていなくたって、何も持っていなくたってただそこにいるだけで価値がある。誰にでもその人にしかできないことはあるし誰にだってどんなに小さなことでも夢中になれるものは絶対にある、と思う。ただ、それに気づいてあげるのもそれを磨いてあげるのも自分自身で、その積み重ねを経てやっと”自信”というものがついてくるのだ。


他人にいいねと言われたことなんてまた違う誰かがよくないねと言ってきたらあっという間に崩れてしまう。

でも、自分自身で”いいな”と思ったことは”自信”となり誰に何を言われようが自分がいいと思ったことだから、と強く、そして楽しく毎日を過ごせる気がした。


他人の意見に振り回されないということは、どこまで行っても自由でどこまで行っても楽しい。


何も予定のない、ただ一日ボーっとしているだけの日でも自分を好きでいられること。それはわたしにとって大事な自分の価値と自信を守る生きる術だ。


価値を磨いて初めて自信がつくもの。価値は最初から纏って生まれてきているよ。

冬になるとたくさん纏う、幸せの香りみたいに。


みさとん
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