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自分で自分を幸せにするちから

by みさとん

もうずっと前からこの街にいるような気がする。全身の力を抜いて歩くペタペタと気だるいサンダルの足音に"日常"とやらがよくわからなくなってくる。

この街になにをしに来たのか。

と、問われれば、

なにもしたくないから来た。

と、でも答えようか。

じぶんのこころの声だけを聴きたくて日本を離れた。きっとその繰り返しなのかもしれない。

どこにいてもなにをしててもわたしはわたしだけれど、留まっていると濁ってしまう水が、移動し続けることで川を流れ海に辿り着く透き通る水に、やっとなれる。

本当はずっと前から、こうしたかったのかな

いい子ちゃんだったわたしが唯一生まれたばかりの自由なじぶんになれる時間が旅だったのかもしれない。

学生時代はそんなことはわからずに無我夢中で知らない国を歩き、初めて見るものすべてに目を丸くして恐る恐るその一歩を踏み出していたけれど、「何もしない」と決めてきたこの旅の中では余計なものが剥がれ落ち、芯だけ残ったわたしという人が、一人。

どうしてそんなにも窮屈に生きているの?

飛行機を乗ったその先の人たちはいつも笑顔が上手だ。適当に生きることが、上手だ。右向け右・・いや、わたしは左に行く!と一歩を踏み出すのが軽やかだ。

したいことを、し続ければいい。

それが何だろうと、きみが幸せならそれでいい。わたしが幸せなら、それでいい。

わたしの人生、きっと、偉くなったり成功したり上を目指したり、成長したり、そんなことはどうでもいい。それを目指していた頃は、"そう見られたいから"してるだけだった。

人生の最後、どんなふうに憶えられていたいか・・?

あの人、幸せそうだったよね。いつも泣いたり笑ったり目一杯人生を、楽しんで生きてたよね。

そんな人だったと、憶えられていたい。

欲を言えば、

そんな姿を見て、自分も幸せになっていいんだって思えた。

わたしが幸せに生きている姿を見て、そんなふうに思える人が一人でも多く増えたらいいなと思う。もちろん、最初から自分の幸せをちゃんとわかっていてその通りに生きれている人は素敵だなと思うけれど、わたしはそうではなかったし、これからだってわからない。

だけど、これを目指して生きたいんだとなんとなくこころにふわりと羽が落ちるように腑に落ちた。

「相手を幸せにする」「誰かに幸せにしてもらう」「誰かに認められてやっと幸せになれる」のではなく、

「自分で自分のことを幸せにできる人」が一人でも増える世の中になったら、ぎすぎすと音を立てていたものたちが、するすると流れていくような気がする。

もしかしたらそれが、人を思いやるスタートラインなのかもしれない。じぶんが幸せじゃないのに、人を幸せにするなんて、おこがましいなとわたしは思うから。

わたしの幸せ。

それが旅であり、文章。

出会い、別れ、大切な人を想うこと。

たまたまそれだった。それだけなのだ。

***

お昼の便で、チェンマイに行く。

いつか、いつかと憧れていた場所に、一つずつ足を踏み入れるじぶんがいるのも確かなのだ。7カ国20都市目のチェンマイ

続く旅に、心地よさがこころにじわり染み渡る。

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